ユダ──美と裏切りの狭間で咲いた、南斗紅鶴拳の孤高なる華
乱世に美を貫いた男がいた。
その名はユダ。南斗六聖拳の一角、「南斗紅鶴拳」を受け継ぐ男にして、妖星――すなわち“裏切りの星”を背負いし者。
鏡の前でポーズを決める。
ふんどし一丁で、己の筋肉美に酔いしれるその姿は、まさに“裸”と“女装”を初登場で披露したシンとレイを超える、究極の登場劇であった。
「そう…おれはこの世で誰よりも強く…そして美しい!!」
彼の信念は、強さではなく“美”にこそ重きを置いていた。
己が美の象徴たらんとするその姿勢は狂気すら孕んでいたが、同時に揺るがぬ矜持でもあった。
美しさの虜にした女──マミヤとの因縁
美への執着は、人の運命すら狂わせた。
美しき女性・マミヤの噂を聞きつけたユダは、彼女が二十歳を迎えた誕生日にその両親を惨殺。
マミヤを自らのコレクションとして連れ去るという暴挙に出る。だが、彼女はボロボロになりながらも命からがら逃げ延びる。
「おれはマミヤになにもできなかった。心から美しいと認めた存在の前では、おれは…無力になる。」
そう語るユダ。だがその言葉とは裏腹に、彼女の体には烙印が刻まれていた。
彼の“美”は、時として相手の尊厳を踏みにじる狂気と紙一重だった。
レイへの憧れ、そして決戦へ
かつて修行時代──
ユダは、南斗水鳥拳の継承者・レイの華麗な拳に心を奪われていた。
美しきその拳。宙を舞うように戦う姿は、まさに“舞”そのものだった。
そしてユダはレイを“嫉妬”した。
自分よりも美しい──それを認めることができなかったのだ。
そして、数年後。
ついに宿命の対決が訪れる。
知略の極み──ユダの計画と執念
ユダは知略の鬼でもあった。
レイとの決戦の舞台では、わずか一日で周囲の地質を調査し、村へ続く導水路を掘削。
バリケードとダムを爆破することで、大量の水を流し込んで足場を“流砂”へと変えたのだ。
足の動きを極意とするレイにとって、これは致命的。
逆に遠距離攻撃が得意なユダには有利すぎる状況となる。
「卑怯?笑止。戦場とは、生き残るための舞台だ。ならばその舞台を整えることこそ、真の武。」
地形を制し、拳を活かし、レイを追い詰めたユダの采配は、まさに“戦術美”だった。
それでも、マミヤは「人質」ではなかった
この戦い、ユダはマミヤを拘束していた。
だが、彼女を盾に使うことはなかった。
勝利は“実力”で掴むもの──
ユダは最後までそう信じていた。
卑怯ではない。あくまで、“美しく”勝ちたかったのだ。
最後に敗れて、なお気高く
勝負の行方は──
流砂の中で身動きの取れないレイが、一瞬の逆転で放った奥義。
逆立ちのように両掌で流砂を押し宙へ脱出、そのまま前方回転。その美しさに、ユダはかつてと同じように心を奪われた。
両肩を貫かれ、敗北するユダ。
だがその直後、ユダは自らレイの両腕を取り、自身の胸に突き立てる。
「認めよう…お前こそ、この世で唯一、強く…そして美しい男だ…!」
ユダは、自分の中にあった“美”という絶対基準を、初めて他者に譲り渡した。
そして、レイの腕の中で、静かにその生涯に幕を下ろしたのだった。
ユダとは何者だったのか?
裏切り者──
変態──
狂人──
だが、彼は信じていた。
「美は力」であり、「美こそが正義」だと。
その信念は狂気すら内包していたが、同時に南斗六聖拳の“華”でもあった。
戦乱の世に、美という炎を掲げた孤高の男。
それが、南斗紅鶴拳の伝承者・ユダだった。
南斗紅鶴拳──ケンシロウすら模倣した、美しき実戦拳
ユダが継承した南斗紅鶴拳は、ただ美しいだけの拳ではない。
その真価は、戦術としての完成度にこそある。
ケンシロウすらも後に“水影心”という技で、ユダの拳の動きを何度も再現し、その価値を体現してみせたのだ。
この世界には意外と少ない“ロングレンジ技”。
北斗剛掌波や暗琉霏破といった遠距離技はあるが、それらは闘気の塊を叩きつける一撃必殺の類で、連発は難しい。
一方でユダの拳は違う。
腕を高速で振るうだけという、極めてシンプルかつ省エネな構造。
それでいて、その一撃一撃には確かな威力がある。
隙がなく、連射可能。戦術として洗練されている。
“華麗”でありながら“実用的”。それが、南斗紅鶴拳の本質なのだ。
裏切りの真相──ユダは操られていたのか?
ユダの宿星──妖星。
それは「裏切りの星」として、彼の行動を象徴してきた。
南斗六星を離れ、拳王・ラオウと手を結んだその背信は、多くの者に衝撃を与えた。
だが、真実はもう少し複雑だ。
シュウの語りによれば、ユダの裏切りを誘導した黒幕こそ、南斗最強と謳われる聖帝サウザーであったという。
南斗を二分する思想の対立──
「平和を望む者」と「覇権を求める者」。
その均衡を破ったのが、ユダの裏切りだった。
だが、それはユダの意思というよりも、サウザーの思惑だったのだ。
結果、南斗は覇権主義へと傾き、サウザーが望んだ戦乱の時代が到来する。
ユダはその“トリガー”として選ばれた存在だったのかもしれない。
謀略と沈黙──ユダの真の姿
拳王軍と同盟を結んだユダ。
だが、ラオウに忠誠を誓っていたわけではない。
むしろ、彼は虎視眈々と「覇王の首」を狙っていた。
ラオウの寝首をかく──そのために、常に機を見ていたのだ。
そして、ついに絶好のチャンスが訪れる。
ケンシロウとの激闘の末、ラオウが深手を負ったのだ。
それは、ユダにとって最大の好機だったはずだった。
だが──彼は、動かなかった。
あの覇王が傷を負うなど、もう二度とないかもしれないのに。
ユダは、その瞬間を“静観”した。
なぜか?
それは、彼がただの狂人ではなかった証。
感情に任せて動く愚かさを嫌い、状況を“支配する側”であろうとしたユダの慎重さだった。
部下からは、即時の行動を求める声もあった。
「今が好機だ」と囁かれもした。
だが、ユダはそれに耳を貸さなかった。
焦らず、慌てず、軽挙に出ない。
「愚かな欲に流されず、美と戦略を両立する」
それこそが、ユダという男の核心だったのだ。
ユダ──ただの“裏切り者”ではない
多くの読者は、ユダを「変態」や「狂人」、「ナルシスト」だと揶揄する。
だが、その評価だけでは到底語りきれない。
ユダは、美に生き、美に殉じた男だった。
戦術家としても、謀略家としても、驚くべき完成度を誇る。
サウザーという影に操られながらも、己の“主張”と“信念”を見失わなかった。
──だからこそ、最期の瞬間に「美しく、そして強い」レイにすべてを認め、
「この世でただ一人、認めた男」と言い遺したのである。
※あの頃の記憶をたどりながら、もう一度ユダを思い返してみた。
細かい部分は忘れてしまったけど、胸に残っている“あのシーンの興奮”は、今でも僕の中に生きています。
そんな思い出を「回顧録」として、書き留めてみました。